メッセージがなかったのか、変わったのか

東京五輪が開幕した。なんだか色々なモヤモヤを包みながら、結局開幕した。私は元々開催してほしい派だったので開会式をとても楽しみにしていたのだけれど、TwitterのTLを追っかけると色々なモヤモヤが入りまじったような感想が並んでいた。その中でも目立っていたのが
「まとまりがない、グダグダ感」

「メッセージがない」「日本じゃなくてもできた内容だった」「リオの閉会式みたいな高揚感がなかった」
といった内容だった。

まとまりのなさ、というかテンポの悪さみたいなのは私も感じた。でもそれは、ギリギリまでスキャンダルで揺れた中の準備だし仕方のない事のように思う。組織のリーダーシップの無さであり得ない数の不祥事が出てしまった。そのどれも糾弾されてしかるべき酷さのものだったとは思うけど、今回の「社会的制裁」で実質的に罰を受けたのは多分現場で頑張っている人達だ。ソーシャルメディア上で起こる、ほとんど中傷に近い批判に動揺しなかった出演者はいないだろうし、演出がどうなるのかギリギリまでひっくり返された中で、運営の人たちはよくやりきったと思う。そのパフォーマンスの細かい揚げ足取りをするのは、少し思いやりがない気がする。

一方で内容に対する感想はすごく興味深いと思った。リオの閉会式で見た日本のプレゼンテーションのような高揚感は、私も感じなかった。英語圏でもboringというツイートが多くあった。MIKIKO先生をめぐる一連のスキャンダルは(確か週刊誌ネタだと思ったので、本当であれば)相当腹が立ったし、AKIRAっぽいバイクの演出も、ものすごく見てみたかった。なので、「あのクオリティのまま開会式をやってほしかった」「準備ができないなら延期してほしかった」みたいなビターな感情はどうしても出てきてしまう。

それでも、私は「リオの高揚感」とは違う、でも確かな感動を開会式から感じ取った。開会式のテーマは「United By Emotion」だったそうだけど、それよりも、IOCが少し前から使い始めた「#StrongerTogether」というタグの方がなんかしっくりくる気がする。

リオの閉会式のプレゼンテーションが誇らしかったのは、日本がどれだけユニークなところか、楽しい場所かを素晴らしい演出で見せきっていたからだ。日本人として誇れる日本を世界に見せる、日本にきてみたいと思わせる内容だった。パンデミック前の五輪の開催意義は、国威発揚とか観光誘致になりがちだったし、日本が日本の良さを見せつけて、世界を感心させる構図だ。お・も・て・な・し。

でも、この開会式ではそういった内容は控え目だった。ゲーム音楽とかちょこちょこ日本らしいコンテンツは入っていたものの、リオのクオリティには及んでいないように見えた。私はこれは「相次ぐ変更でグダグダになった」だけじゃなくて、「大会の位置付けが変わった」こともあるんじゃないかと思う。パンデミックで世界中の人たちが闘いを続けている中の五輪。その開会式が送るメッセージは「ほら!みて!日本はコロナ禍でも五輪できるから!感染対策もできてて、素晴らしいところだから!日本すごいでしょ!遊びにきて!」ではなくて、「いや厳しい時間だよね…でも一緒に頑張ろう。」だったような気がした。#StrongerTogether。このタグは確かイギリスがEU離脱で揺れていた時に、残留派が使っていた。一緒の方が、強くなれる。多分、この大会は「日本の五輪」ではなくて、「パンデミックを乗り越えようとするみんなの五輪」になったんだと思う。

だから、式は去年までの振り返りと孤独なアスリートの姿から始まった。森山未来さんのダンスは(比較的被害が少なかった)日本のというよりは、戦争以上の犠牲者を出した他国の絶望感を表していたと思うし、クイーンの「手をとりあって」が流れたり、医療従事者が聖火をつないだり、ドローンで作ったのは地球の形で、歌はImagineだった。(海老様の見得はおそらく厄払い?)そして、みんなの五輪だからこそ最終ランナーが大坂なおみさんであることにものすごく意味があった。

大坂なおみさんは紛れもなく日本人だ。でも最近はスポーツ界の新しい世代としてグローバルにリーダーシップを発揮している人気者だ。彼女が聖火をつけた時、英語圏のTL上では国籍関係なく祝福の声があがっていた。多くは女性であったり黒人やアジア人のようだった。私も日本人というより女性として、アジア人として、うつ病を患った経験のあるintrovertとして、大きな希望をもらった。「ついにここまできたばい!」と叫びたくなった。この大会が彼女を最終ランナーに選び、八村選手を旗手にして、(五十音順で世界を混乱させつつ笑)こっそり台湾を「た」で入場させ、前回の東京五輪の時に韓国選手団が持ち込んだタネから育った木材で五輪の輪を作り水素エネルギーを使って聖火を灯している事は、少なくとも日本は民主的、自由で多様な価値観を基にした国際社会と共に歩きます、というメッセージに見える。私は普段から「日本vsグローバル」みたいな、壁のある見方を悲しく思っているので、なんかこれは素直に嬉しかった。ちなみに今日いくつか英語圏の記事を読んでみたけど、ポジティブなものも多く、「簡素だ」みたいな表現はあってもそこにネガティブな意図は読み取れない。(大坂なおみさんの聖火のニュースは海外でも保守層のメディアにはあまり取り上げられなかった様子。酷評しているメディアの政治的バイアスも見てみると…興味深い。)

ただ、これは日本人的にはモヤモヤするかもしれない。日本人は日本人でこの一年五輪の問題で散々傷ついてきたわけだし(自虐的な報道も相まって)みんなもうなんかうんざりしている。だからこそ、もっとちゃんとやってほしかった。こんなゴタゴタのまま大会をやるんじゃなくて、延期してきちんとできる時に開催してほしかった。ちゃんとした生活を取り戻してから、また日本の素晴らしさを世界に見てもらいたかった。日本人で良かったと思えるように、世界にいいとこ見せたかった。私もまだ少し、そんな気持ちがある。実際秋に開催できなかったのはアメリカのスポーツのシーズンの都合らしいし、いや、そこは譲ってくれてもいいじゃん。多様性とか環境問題とかも欧米に向けたポーズでは?外面よくするんじゃなくて、ちゃんと日本人の意見に耳を傾けるのが先でしょ。愚痴り始めたらキリがない。

でも、私は開会式を見てこの大会が誇らしくなった。ドローンを飛ばすのはどの国でもできるし、日本よりすごい技術を持っている国だってたくさんある。でもじゃあ、この状況でしっかり感染対策ができるだけの衛生観念と世界規模の大会運営するの経済規模があって、1秒で世界中のゲーマーが「あの作品だ!」ってなるゲームを開発していて、「ピクトグラムさん」が出てきたら「日本wwww」ってなって、ドローンで地球の形作ってジョン・レノンのimagineかけられる国がアジアにあるかというと、あまりない気がする(ちなみにimagineの動画バージョンは本国イギリスはお気に召さなかったっぽい)。選手入場の時に日本の文化へリスペクトを表していた国があったように、実際日本はけっこう世界から愛されている(と思う)。それは極東の変なユニークな文化を持った国でありながら、国際社会と同じ価値観もシェアしてきたからだと信じている。パンデミックの中頑張って文化とかおもてなしとかアピールするよりも、日本が日本らしさを持ちながら、ちゃんとグローバル社会の一員として参加していくから頑張ろうと言えた今の方が信頼度はあがった気がする…。

これは個人のブログだけど、初めて五輪の開会式を見て泣いたという人もいた。その理由は、この開会式で日本はエゴを出して国の威信をアピールするんじゃなくて、持ち前のレジリエンスを活かしながら他国との協調をアピールしたから、みたいな内容だった(褒めすぎ!)。私が感動したのもそこだったと思う。リオの世界線が無くなってしまった今の文脈で、アスリートと人同士の繋がりの価値にフォーカスを当てたのは、多分かなり正解に近い気がする。

…まぁ正直、開会式を見た中でどれだけの人がそう感じたかはわかららない。演出側もそんな狙いがあったのかも知れないし、なかったのかも知れない(もしそんな意図ができる人だったんなら、オンラインスピード裁判はよくなかった気がする)。不祥事でいろんなものが虫食いになった結果、そんな感じになっちゃっただけで、私が勝手に盛り上がってメッセージを感じ取っただけかも知れない。でも、少なくとも選手たちの入場行進での笑顔や、メダルを取った時の嬉し涙を見ていると、これだけの選手がまた同じ場所に集まれて良かったな、と思う。それと同時に、私がスポーツを見るのが大好きなのは、レジリエンスの象徴だからかな…と思った。これを機に国際的なスポーツイベントの商業主義が少し変わるといいんだけど。

なに期待してんのオリンピックに?ただのお祭りですよ!走って、泳いで、騒いで、それでおしまい。平和だよねぇ。政治がどうの、軍がどうの、国がどうの…違う違う違う!簡単に考えましょうよ!

大河ドラマ「いだてん」より

*2021年 7月26日:太字の部分を追記したのと、下のリンクのEmbedの見え方がイマイチだったので、貼り直し。

備忘リンク:

英ガーディアン紙
Tokyo Olympic opening ceremony: toil and mourning bloom into sparkling extravaganza

米NPR
Can’t-Miss Moments From The Olympics Opening Ceremony

米CNN
Olympics’ Opening Ceremony for the ages? That’s an understatement

英BBC
Tokyo Olympics: 2020 Games begin as Naomi Osaka lights Olympic flame in poignant ceremony

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観たぞ、東京オリンピック!